自分らしさインタビュー「しあわせ会話力養成コーチ」松田美紀さん

〜しあわせ会話力養成コーチ〜松田美紀さん
人間関係で悩む人たちに「コミュニケーションのちょっとしたコツ」を伝え、毎日をキラキラした日々に変えるお手伝いをする、そんなしあわせ会話力養成コーチの松田美紀さん。
業界ナンバーワンの下着メーカーに長年勤務した松田さんは、セクハラやパワハラを受けながらも、日々の努力に加えて自身の表現力・コミュニケーション能力を高めることで、教育チームのトップに上り詰めた。その経験から「人は自分と向き合い行動を変えていくことで、もっと輝ける場所を手に入れられるのでは」との考えに至る。
その後、人間関係の悩みを抱える人に「コミュニケーションのちょっとしたコツ」を伝えることで毎日をキラキラしたものにしたもらいたい、という思いから独立・起業。会話が苦手でつらい人向けに、「ひとの輪をつくり、しあわせの和を感じる”会話力=快和力”を育てるサロン」をこれから展開していく方針だ。
松田さんが独立・起業という道を進むことになったきっかけは、10年以上前、当時勤務していた会社の人事異動に遡る。業界ナンバーワンの下着メーカーに販売員として入社した松田さんは、その接客対応や営業成績などから順調に出世の階段を登り、店長、複数の店舗を取りまとめるグループリーダーを勤め上げた。
それまでに、今で言うセクシャルハラスメントを受けたが、セクハラに関して現在のように世間の認知度はなく泣き寝入りするしかなった。売上ナンバー店舗の店長を任されていた頃には、上司に職務上の問題点を上申したことをきっかけに、ひどいパワーハラスメントを何年にもわたり受け続けたが、一部の同僚や先輩社員、家族に支えられて乗り切った。
それからは、販売員に対する教育研修の技術力なども買われ、1998年から教育チームに異動、2002年からはチーフインストラクターとして多忙な日々を送っていた。約6,000人の社員のうち5,000人あまりを女性が占めるなか、教育チームのトップの地位まで登り詰めたことに満足してはいたものの「会社の状況や5年後に自分がどういうポジションにいたいか」などその後のビジョンについて真剣に考えていた。
女性のトップとしてい続けることは楽だと思ったが、時代が変われば周りから求められるものが変わるし、若い力も求められる。以前の女性トップが自分の立場を守るため、部下に割り振るべき業務を自分で抱え込む姿も見ていた。実際に自分がトップに立った松田さんは、「求められなくなる前にそのポジションを後輩に譲り、さらに自身の成長を見込める」場所に身を置くことにした。
そして、社内公募制度に応募することを決意。多数のグループ会社や事業体が存在する同社では、グループ内の人材を適材適所で活用するための公募する制度があり、松田さんは女性社員として初めてその制度を利用、人材サービス企業(派遣・教育業)に出向する形で異動した。2006年の秋のことだった。
それからは怒涛の忙しさの日々。「外部の企業への研修をやっていきたい」という松田さんの希望が通り、下着メーカーの社員として大手百貨店へ企業研修に赴く夢は叶ったものの、企業研修を他社に営業するのも自分一人でやらなければならなかった。
同時に、企業研修以外の業務も兼務することを求められた。派遣社員として松田さんの会社に登録してきた人間の教育や、下着ブランド本体の新店舗出店に関する企画立ち上げから打ち合わせ、ひいては社員の面接まで山のような業務をこなさなくてはならなかった。「やりたいことを形にするまでの辛抱」とひたすら頑張った。
そんな思いに反し、松田さんは次第に心と体に変調をきたすようになった。しかし、誰かが松田さんの代わりに業務をこなしてくれるわけではない。「あれやらなきゃ、これもやらなきゃ」という思いばかりが先行し、気がつけば先輩の携帯電話に何度もFAXを送信しようとするなど、普段の彼女からは考えられない行動が続き「自分のやってることわかってる?少しおかしいよ」と指摘される状況に陥った。
周囲からの勧めもあり心療内科の診察を受けると「自律神経のバランスを崩している。頑張らないほうが良いので、業務をもう少し変えてもらいなさい」と言われた。その時点でようやく休養する道を選び、1ヶ月休職。その後、正式に退職し「しあわせ会話力養成コーチ」としてのキャリアをスタート、現在に至る。
松田さんに、ちょっと意地悪だと思ったが「人間関係ってなんですか?」と聞いてみた。すると「自分の人生を豊かにするもの。自分が木の幹だとしたら、その枝葉であり、花であり、実でもあるもの」と答えてくれた。「人が好きかどうか(と聞かれると)よく分からないが、困っている人はたとえ嫌いな相手でも助けたい。孤独にしたくない」と言葉を選びつつ真情を吐露する。
続けて松田さんのエネルギーの源は何ですか?とお聞きしたら「源は感謝。自分が生かされていることに感謝。世の中には食べられない人もたくさんいる。雨風をしのげて食べ物も着るものも選べる。自分のやりたい仕事もやろうとしている。感謝せずしてどうするのか。こんなに幸せなことはない」とのこと。松田さんに関わってくれた全ての人に感謝の気持ちが浮かんでくるという。
感謝の気持ちが行動の原点になっている松田さんが、今後もさらに自身の成長のために努力し、これまで以上に多くの人から慕われるのは間違いない。これからの松田さんのさらなる活躍を心から願う。
【松田美紀(まつだ・みき)】
小学生の頃は歌が上手で有名な子。カセットを持ち歩きマイク片手に歌っているような少女で、児童劇団にも入っていた。声楽やピアノ、日本舞踊、ジャズダンス、バレエ、タップダンスなどたくさんのお稽古事を習っていた時期もある。
中学生になってから宝塚に魅了され、3年生のときに宝塚音楽学校を受験したがあえなく不合格。高校に入学してからはフォークソングにハマり、友人ととデュオを結成。スター誕生のオーディション受けた際には、審査員に歌声を褒められる。
その後も数々のオーディションを受け続けるが、20歳のときに交通事故で大怪我をして入院。親や周囲に迷惑をかけたことから、「いつまでもオーディションを受けて歌手になる夢を追い求めたい」とは言えなかった。
国内ナンバーワンの下着メーカーに販売員として入社して以降、営業・販売実績や研修実績が買われ、総合職として女性トップクラスの地位につくが安住せず、社内の公募制度を利用してグループ会社に出向。2013年5月に退職してからは「しあわせ会話力養成コーチ」としてのキャリアをスタート、現在に至る。
【はにわポイント】
松田さんを一言で表すなら、柳のようなしなやかな強さを持った人。どんな風が吹いても雨が降っても、揺れながら雨風を適当にあしらうとともに、それらを自身の成長につなげてしまうような強さです。鋼のような強さとは違うので、揺れてしまうことこそあっても、決して折れることがありません。
そんな弱みを見せない姿勢や華麗な立ち居振る舞いが人からは羨ましく思われると同時に、ときに嫉妬されてしまったり、誤解されてしまったりすることもあるかもしれません。ただし、松田さんの少しおっちょこちょいなところを垣間見たとき、周りの人の見方が「パーフェクトな人」から「人間的でハートフルな人」に変わり、一気に彼女のファンになると思います。僕のその一人になりました。「孤高の人」の殻を脱ぎ捨てた松田さんは無敵です。
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