ライフパートナー・地主晃さん〜人間力インタビューvol.10〜

2016.02.04 (木)
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〜人が好き、生涯のお付き合いを〜
ライフパートナー・地主晃さん

 

 ライフパートナーとして、生命保険を通してクライアントの人生をサポートする地主晃さん。「人が好き。お客様とは生涯のお付き合いを」というモットーを持つ彼がこの仕事を始めたきっかけは、2014年の夏に現在の上司からのスカウトされたことだった。

 

 当時、地主さんはリハビリテーション機器のメーカーで営業職に就いていた。すでに7年余りのキャリアで、お客様とも良好な関係を築き、出世コースにも乗っていたため、管理職への登用も間違いないという職場環境。自発的に「転職を考えるようなことはなかった」という。

 

 それまでにも生命保険の営業マンからスカウトされたことは何度かあったが、実際に話を聞いたのは一度だけ。その時は「生命保険の営業マンは稼げる。金銭的な裕福のある生活を送れるから、家族や子供にも色々してあげられる」という説明を受けた。

 

 相手がお金の話に終始し、会社の理念や仕事のやり甲斐などを聞くことができず、“保険の営業マンは儲かる”という事実だけが頭に残る一方で「仕事としての魅力が分からなかった」こと。地主さんの心に刺さる内容ではなく、結局、リハビリテーション機器メーカーの営業職を続けることにした。

 

 それ以降も5、6社からスカウトの電話が掛かってきた。保険業界は、上司自らが「ともに働く部下をネットやリアルで見つけ出す」のが当たり前の世界。地主さんは会社紹介のページに代表社員として顔写真と名前入りで掲載されていたこともあり、何度もスカウトの連絡が来ることとなったのだ。

 

 その度に断っていたが、当時の上司から「転職するかどうかは別として、(メーカーとは違う)別の業界の人間から話を聞くことは社会勉強になる。人生一度きりだから、自分の視野を広げることも大切」などとアドバイスを受けた。そんな時、再びスカウトの電話が入ったことから「話を聞くだけなら」と時間を作って会うことにした。

 

 会ったのは現在の上司。「誠実そうで真面目、嘘のつけない人だな」という第一印象を持った地主さんは、保険の仕事の概要を教えてくれる相手に「この人は本気で自分に話してくれている」と感じ「転職するかどうかは、とりあえず考えずに」次の話を聞くことにした。

 

 その日を含め計3回の面談では、保険業界全体の概要に加え、東京海上日動あんしん生命がどういう経営理念を持ち、保険をどう捉えているか、報酬制度に至るまで細かく説明してもらえた。明らかに2年前に会った保険会社のスカウトマントは違っていた。少しずつ地主さんの保険に対するイメージに変化が現れ始め、転職することも視野に入れるようになる。

 

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 その頃、地主さんには、リハビリテーション機器メーカーの営業マンとして仕事をする上で、いくつか気になることがあった。その最たるものは転勤。すでに結婚して妻と暮らしていたが、全国展開している会社だったため、辞令が出れば日本中どこへでも転勤する可能性があった。

 

 また、営業所ごとに担当するエリアも決められていたため、転勤と同時にそれまでの担当顧客との関係は後任に引き継がなければならない。「お客様とイチから築き上げたものまで、会社の辞令ひとつで全て変わってしまうことがあまり好きではなかった」と当時を振り返る。

 

 そんな時に目の前に現れたライフパートナーという仕事。話を聞くうち、(東京海上日動あんしん生命では)営業エリアが決まっていないことから、たとえ遠方であっても顧客と永続的な関係を結べると分かった。

 

 「自分のことを信頼してもらえればお客様と一生涯のお付き合いができる」ことは特に魅力的に感じた。それは「営業はモノを売るのではなく、自分という人間を買ってもらうこと。そういう人と繋がれることは自分の財産であるし、相手を心から守りたいと思う」という強い思いが地主さんにあるからだ。

 

 また、説明の中で「お客様本位の生命保険事業」を理念に掲げていること、顧客一人ひとりのニーズに合った商品・サービスの提供に取り組んでいることにも共感した。

 

 現状維持か新たな道にチャレンジするか決断を迫られ、どうすべきか考え抜いた。最終的には「お客様のために社会貢献をしつつ、自分も潤うことができる」という顧客・会社・自分の三方良しのなかで仕事をできることが、地主さんをライフパートナーとしての第一歩を踏み出す決め手となった。

 

 こうして2015年3月1日、地主さんはライフパートナーとしての仕事をスタートさせた。不安と期待が入り混じりつつも「前職でしっかりお客様のために仕事をしてきた。商品が変わっても大丈夫」という気持ちがあり、自分に対する期待値も高かった。

 

 そのせいか、はじめは「自分が思っていたほどの成果の出ない」日々が続いた。以前の職場からは「いつでも戻ってきても良いよ」と言われていたが、そんな時、退職を引き止めてくれた上司や、転職を支えてくれた家族や友達の顔などが頭に浮かんだ。

 

 その度に「自分を応援してくれている人たちに申し訳ない。会わせる顔がない」という思いが湧き上がってくるのと同時に「軽い気持ちなら(ライフパートナーを)やるなよ。人生をかけてやっているんだ」と自分に言い聞かせた。どうして期待した結果にならなかったのかも冷静に考えた。

 

 その最も大きな理由を「お客様の置かれている状況を最優先に考える視点に欠けていたのではないか」と客観的に分析。顧客からたくさんの話を聞いた上で最適な解決策にたどり着く“コンサル営業”をするように変えたところ、自分の話がクライアントに伝わる手応えを感じるようになった。

 

 もともと「人が好きで人に興味がある。人を嫌いになることはない」という地主さん。それはもしかしたら、彼が人情に厚いと言われる土地、大阪出身ということも関係しているのかもしれない。

 

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 生い立ちを紐解いてみることにする。1983年生まれの地主さんは、祖母と両親、兄、妹という家で育った。地元の小学校に入るとリレーの選手をしていたほか、ソフトボールやミニバスケに汗を流すスポーツ少年だった。

 

 中学時代は友達と一緒にテニス部に入部。1年のうち360日はテニス漬けの日々で、持ち前の運動神経を生かし、高校もスポーツ推薦でテニスの強豪校へ入学することもできた。しかし「強豪校でテニスを続けるというある種、敷かれたレールを進むか、まったく別の道を進むのか」を考えた。

 

 両親や顧問にも相談した結果、強豪校ではなく府立高校の普通科に進んでテニスを続けた。大阪の私立大学へ進学後もテニスサークルに入るとともに、先輩から紹介を受けたテニススクールでレッスンコーチのアルバイトもした。

 

 同時に、中学時代から交流の続いていた心理カウンセラーからの紹介で、公立小学校でスクールサポーターしての活動をスタート。市の教育委員会から派遣される仕事で、例えば学級崩壊しているクラスの授業が円滑に進むよう、問題行動を起こす児童のケアを手伝った。

 

 攻撃的な言葉、暴力的な振る舞い。自分が過ごした小学校とまったく違う世界に直面した。

 

 そんな中で当初は「どうしてこの子は、こういう行動を起こすのだろう?」「どうしてスキンシップをしたがるのだろう?」という疑問ばかりだったが、「(彼らへの)愛情が足りないことが原因なのではないか」と推察。子どもの気持ちに寄り添うようにした。

 

 それからは子どもたちと良好な関係を保つことができ、自分が彼らから必要とされることを実感、それは「人が好きで誰かの役に立ちたい」と日頃から思っていた地主さんにとって嬉しいことだった。

 

 子どもを手助けすることに喜びを覚えた彼は、大学卒業後にスクールカウンセラーなど心理学系の仕事に就くことも考えたが、そのためには大学院を出て臨床心理士の資格を取らないといけない。

 

 一浪して大学に入ったことも振り返りつつ「もし大学院の受験に失敗したら、社会に出るのがさらに1年遅くなる。学費面など両親への負担が更に掛かってしまう」ことをまず懸念した。

 

 尊敬している人物が両親。「父親が仕事を頑張り、母親が家のことをやってくれていたおかげで不自由なく生活させてもらった」彼は、迷うことなく就職する道を選んだ。

 

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 「機械的な作業を続けるより(人が好きだから)人と接する仕事、なおかつ医療やスポーツなど自分が興味を持てるフィールドで」と就職活動をスタート。「どうしたら、希望の分野で人のために役立てる仕事ができるだろう」と考えるうち、前述のリハビリテーション機器メーカーにたどり着いた。

 

 その会社はプロ野球選手にリハビリテーション機器を納品する実績もあったことから「スポーツ好きで、医療の分野にも触れつつ、お客さんと接する仕事ができる」とすぐに応募、内定を勝ち取った。研修期間終了後、埼玉営業所に配属され3年間勤務。それから5年近く、東京営業所で勤め上げた。

 

 その間、全く取引のなかった病院に通い詰め、まずは少額物品の発注を取り付けた。5年後にはその病院が新たなリハビリ施設を開設することになったが、コンサルタントとして病院の経営理念や患者に対する熱い想いなどをヒアリングした上で、必要なリハビリテーション機器を提案。

 

 それらが受け入れられ、全ての機器を請け負うまでになるなど、大きな成果を残せたことに満足しているという。

 

 そして、それまでの功績をひとまず清算する形で、ライフパートナーとして新たな人生のスタート地点に立った。人生で最も大きな分岐点のひとつだ。昨年3月に第一歩を踏み出してからもう少しで1年を迎えるなか「ライフパートナーを生涯やっていく」決意に変わりはない。

 

 どういうライフパートナーでありたいですか?と聞いた。

 

 すると「自分から“どんどん先導していく”というよりは、(お客様が)最適な人生を送ることの出来るような材料をご提示した上で、最後にお客様の出された選択に軽く背中を押してあげる。そんなライフパートナーでありたい」という答えが返ってきた。

 

 続けて、ライフパートナーとしてのゴールは?と質問すると、
「適切な言葉ではないかもしれないが、“地主の持ってくるものだったら良いと分かっているし、信じているから大丈夫”と言って頂けるようになったら、満足できるのではないか」と慎重に言葉を選びながら先を見据える地主さんがいた。

 

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 “生命保険を通して一生涯お客様に安心を届ける”という信念を持ち、顧客に常に誠実であり続けるライフパートナー・地主晃の今後から目が離せない。

 
 
【地主晃(じぬし・あきら)】
▽肩書き:ライフパートナー
▽生年月日:1983年10月19日(32歳)
▽出身地:大阪府東大阪市
▽血液型:A型
▽出身校:桃山学院大学社会学部
▽趣味:テニス、ゴルフ、マラソン
▽好きな休日の過ごし方:子育て(2015年9月に双子が生まれる)
▽家族構成:妻、男の子2人
▽facebook:https://www.facebook.com/akira.jinushi

 

《これまでの人間力インタビュー(公開可能の記事のみ)》
▽Vol.9〜公益社団法人⽇本駆け込み寺・千葉隆一さん〜
▽Vol.8〜アスペルガーで社長、妻、母・アズ直子さん〜
▽Vol.7〜アロマセラピスト・平郡真紀さん〜
▽Vol.6〜ヘアメイクプランナー・川崎敏智さん〜
▽Vol.5〜理容師・藤平和馬さん〜
▽Vol.4〜ライフプラン コンサルタント・渋谷和比古さん〜
▽Vol.3〜モティベーター・鴨田剛さん〜
▽Vol.2〜社会保険労務士・大島辰徳さん〜
▽Vol.1〜行政書士やちだ事務所・谷内田真也さん〜

 

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